第3章 世界の涯てに泣く者と ─ ケース2 ─

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「その話って、ユキナちゃんのことですか?」 「そうではありませんが、それに関係した話かもしれないので……」  ヒナタさんが言葉を濁しながらうつむいた。  どうやら自分でも話す内容を持てあましているように見える。 「ユキナちゃん……里親が見つかって羨ましいです」 「羨ましい……?」  “良かった”とか“嬉しい”と言うのが普通なのに、ヒナタさんは躊躇いながら“羨ましい”と嫉妬にも似た感情をほのめかせた。 「それはイサナさんとナギサさんも同じです。施設を出て親のいる家庭に入ったのですから」 「もしかしたらヒナタさんも?」 「はい。わたしは幼い頃に親から虐待を受けて、この施設に預けられて育ちました」  ヒナタさんがそう言いながら、やっと顔を上げて僕たちを見た。  光が揺れる瞳をまっすぐに向けて、自分のことを言葉を詰まらせながら話し始める。 「わたしは幼い頃、発達障害で話すのが遅かったみたいで、それは世間の人に障害児だと言われるのを怖れた母は、わたしをまるで物のように扱いました。 夏はベランダに出されて、冬はホースで冷水を浴びせられたのです。狭い部屋に閉じこめられて、わたしの生きる世界はそこだけでした。 “助けて”の声も届かず、何度死のうとしたかわかりません」 「し、死ぬだなんて言ってはいけないよ」 「普通に生きる人は皆そう言いますよね、命を粗末にしてはいけないと。 でも、物のように扱われて毎日“死ね”と言われた子どもには、死ぬことしか暴力から解放される手段はないんです」 「それは……」  僕は返す言葉がなかったが、ナギサが強い言葉で断じる。
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