40人が本棚に入れています
本棚に追加
「その話って、ユキナちゃんのことですか?」
「そうではありませんが、それに関係した話かもしれないので……」
ヒナタさんが言葉を濁しながらうつむいた。
どうやら自分でも話す内容を持てあましているように見える。
「ユキナちゃん……里親が見つかって羨ましいです」
「羨ましい……?」
“良かった”とか“嬉しい”と言うのが普通なのに、ヒナタさんは躊躇いながら“羨ましい”と嫉妬にも似た感情をほのめかせた。
「それはイサナさんとナギサさんも同じです。施設を出て親のいる家庭に入ったのですから」
「もしかしたらヒナタさんも?」
「はい。わたしは幼い頃に親から虐待を受けて、この施設に預けられて育ちました」
ヒナタさんがそう言いながら、やっと顔を上げて僕たちを見た。
光が揺れる瞳をまっすぐに向けて、自分のことを言葉を詰まらせながら話し始める。
「わたしは幼い頃、発達障害で話すのが遅かったみたいで、それは世間の人に障害児だと言われるのを怖れた母は、わたしをまるで物のように扱いました。
夏はベランダに出されて、冬はホースで冷水を浴びせられたのです。狭い部屋に閉じこめられて、わたしの生きる世界はそこだけでした。
“助けて”の声も届かず、何度死のうとしたかわかりません」
「し、死ぬだなんて言ってはいけないよ」
「普通に生きる人は皆そう言いますよね、命を粗末にしてはいけないと。
でも、物のように扱われて毎日“死ね”と言われた子どもには、死ぬことしか暴力から解放される手段はないんです」
「それは……」
僕は返す言葉がなかったが、ナギサが強い言葉で断じる。
最初のコメントを投稿しよう!