第3章 世界の涯てに泣く者と ─ ケース2 ─

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「イサナ君、いらっしゃいませ」  店の扉を押し開くと、八分儀さんの香るような声が出迎えてくれた。 「待ち合わせなのですが」 「ええ。もうお客様はお待ちですよ」  店の奥を見やると、アオネさんがテーブルについて紅茶を飲んでいた。  僕が入ってきたことに気づくと、待ち人がきた恋人のように手を上げて微笑む。 「もう遅いんだから」 「……まだ約束の時間には早いですよ。それにその演技やめてくれませんか」  恋人の遅刻を咎めるような口調で拗ねるから、座りながら至極冷静な口調で注意する。 「やはり諧謔を解さぬ輩か。ほとほと狭量なやつよのう」 「……その時代掛かった言い方もです」 「ふ~ん。噂通りのマジメ君だね、猫屋田は」  口端を上げてアイロニーな笑みを浮かべた。  人が悪いにも程がある。相当な皮肉屋なのだろう。  まるで美蝶子さんや雉子さんの姉妹みたいだ。3人揃えば魔女トリオである。  どうして僕の周りは強い女性ばかりなのだろうか。  自分の女性運の無さを心中で嘆いていると、 「イサナ、茶だ」  とナギサがぶっきらぼうに紅茶を出した。やれやれである。 「この店のカモミールは美味いぞ。さすがに調香師が淹れる紅茶は格別だな」 「八分儀さんを知っているのですか?」 「この業界は意外と狭いんだよ。香霊師である八分儀は大御所だからね」 「へえ~、カオルさんは有名なんですね」  僕はほとほと感心していると、 「八分儀宗家を知っている者は稀なんだよ」  八分儀さんがテーブルにつきながら言った。  その横でナギサも席につく。どうやら店は閉めたようである。  アオネさんとの会談のために開店休業だ。
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