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「イサナ君、いらっしゃいませ」
店の扉を押し開くと、八分儀さんの香るような声が出迎えてくれた。
「待ち合わせなのですが」
「ええ。もうお客様はお待ちですよ」
店の奥を見やると、アオネさんがテーブルについて紅茶を飲んでいた。
僕が入ってきたことに気づくと、待ち人がきた恋人のように手を上げて微笑む。
「もう遅いんだから」
「……まだ約束の時間には早いですよ。それにその演技やめてくれませんか」
恋人の遅刻を咎めるような口調で拗ねるから、座りながら至極冷静な口調で注意する。
「やはり諧謔を解さぬ輩か。ほとほと狭量なやつよのう」
「……その時代掛かった言い方もです」
「ふ~ん。噂通りのマジメ君だね、猫屋田は」
口端を上げてアイロニーな笑みを浮かべた。
人が悪いにも程がある。相当な皮肉屋なのだろう。
まるで美蝶子さんや雉子さんの姉妹みたいだ。3人揃えば魔女トリオである。
どうして僕の周りは強い女性ばかりなのだろうか。
自分の女性運の無さを心中で嘆いていると、
「イサナ、茶だ」
とナギサがぶっきらぼうに紅茶を出した。やれやれである。
「この店のカモミールは美味いぞ。さすがに調香師が淹れる紅茶は格別だな」
「八分儀さんを知っているのですか?」
「この業界は意外と狭いんだよ。香霊師である八分儀は大御所だからね」
「へえ~、カオルさんは有名なんですね」
僕はほとほと感心していると、
「八分儀宗家を知っている者は稀なんだよ」
八分儀さんがテーブルにつきながら言った。
その横でナギサも席につく。どうやら店は閉めたようである。
アオネさんとの会談のために開店休業だ。
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