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その紙面に書いてある“アベックできてね”という文字が、おかしいくらいに色が踊っている。
それが自分の指が震えているせいだと気づいて、またゴクリと唾を飲んだ。
「よし住所はわかった。今から行くよ!」
アオネさんが立ち上がる。
僕とナギサは、八分儀さんを残して店を出た。
外の道脇に停めてあった青いカエルのような車──アオネさんのイセッタ600に乗り込むと、急発進して街を駆け抜ける。
やがて車は、港に近い高級住宅地に着いた。
ひときわ高い場所にある邸宅の前に立つと、大きな表札の横にあるモニター付インターホンを押す。
「すみません、児童相談所の猫屋田と申します。ユキナさんはいらっしゃいますか」
躊躇いがちな言葉で、けれども急いた声で呼び掛ける。
痛いような静寂の後に、
「ちょっと待ってください」
弾むような声がした。ユキナちゃんの声だ。
ホッと胸をなで下ろして振り向くと、ナギサとアオネさんも安堵の表情を浮かべている。
幾ばくもなく扉が開き、門扉から小さな少女が顔を覗かせた。
「ごめんね、ユキナちゃん。僕我慢できなくて、ナギサと一緒に来ちゃったよ」
頭を掻きながら笑顔で言うと、
「どなたですか?」
ユキナちゃんが乾いた声で訊いた。
「えっ……猫屋田イサナとナギサだよ」
「イサナさんと、ナギサさん、ですか……?」
まるで記憶にないかのように声をもらす。
その小さく幼い顔には、猜疑と怯えが色濃くにじんでいた。
「ふざけるなユキナ。私だ、ナギサを忘れたか?」
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