第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース2 ─

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第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース2 ─

 始業時間と共に、堰を切ったように電話が鳴り響く。  それぞれ相談員が電話に出て、保護者や通報者の話を聞いている。  ただ相手の聞くだけではなく、相槌を打つように言葉を挟むのだ。 「うんうん、それでお母さん。お子さんが勉強を嫌がるのは、自分の教え方が間違っていると思うの?  それが虐待に繋がると怖れるよりも、お子さんによく話して一緒に勉強が楽しいと感じてもらう方がいいよ」  雉子さんが親身になって電話の向こうの親に話している。 「聡子さんは精一杯やってると思うよ。なかなかできることじゃないよ、偉いよ本当に。 自分は必要ない人間だなんて言わないで、辛いときはいつでも話を聞くから安心して。 だから手首を切るのは、もうちょっと我慢しようね。うん、わかったよ。大丈夫だから」  美蝶子さんが慈悲深い菩薩のような表情でうなずいている。  皆が皆、電話の向こうの親御さんに寄り添うような応対だ。  たとえ電話だろうと笑顔を絶やさない。  事務的な対応で話す言葉や、他の用事で忙しい言葉は、容易く受話器の向こうに伝わるのだ。  児童相談所は子どもの問題を扱う施設であるが、それと同時に子どもの親と相対することが主な業務となる。  子どもの非行や虐待を根絶するのは、その親の意識や生活を変えることが肝心だからだ。 「あのう、訊いてもいいですか」  受話器を置いた美蝶子さんに声をかけた。
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