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笠所長がおおらかな声で告げた。
「所長までそんな痴れ言を……?」
「こんなときこそ老いぼれが責任をとるものです。そうやって若い者に意志は継がれゆき、新しい世界を築いていくのです」
「みなさん、ありがとうございます!」
精一杯で頭を下げるしか術がなかった。
こぼれた涙が頬を伝い落ちる。それでも拭うことなく頭を下げ続けた。
「猫屋田イサナ」冬馬監査官が言った。「君は子どもを救うと約束できるか?」
「約束します!」僕は全身全霊で叫ぶ。
「自分にはダウン症の子がいる。それを妻に預けっぱなしで仕事に逃げていた。キャリアなぞ気にせずに、自分も君のような勇気があればな……」
「冬馬監査官……」
「何をしているか貴様、前に進む者は後ろを振り返るな!」
冬馬監査官が叱咤する。
「あ、ありがとうございます」
「絶対に救えよ」
きびすを返して晴れやかな表情で告げた。
「猫屋田、走れ!」
美蝶子さんが叫んだ。
「はいッ!!」
誇りを胸に返事する。
入り口で待つナギサの横に行くと、側に立つケンイチ君に声を掛ける。
「一緒に行くか、僕たちと」
「うん!」
少年は他に答える言葉がないようにうなずいた。
相談所の玄関を抜けると、外で猫が喉を鳴らすようなエンジン音がしている。
「どうやら急ぎのようだね。乗ってくかい?」
アオネさんがイセッタ600から顔をだして訊いた。
「アオネさん、身を引いたんじゃなかったんですかッ?」
「決めたのさ、最後までこの眼ですべてを見届けるとね」
イセッタ600のドアが開く。
「四の五の言わずに、とっとと乗りな!」
「ありがとうございます」
最後の闘いが待つ場所に向かうため、僕たちは急ぎ車に乗り込んだ。
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