第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース2 ─

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「何だ、猫屋田」  柔和な菩薩顔から一転、眉根を寄せた夜叉顔に戻る。笑えば飛びきりの美人なのに。 「相手によってお母さんと呼ぶ人と、名前で呼ぶ人がいるじゃないですか。それはなぜでしょうか?」 「いいかい猫屋田。相手によって対応を変えるのは社会でも同じだけど、あたしたちは極めて個人のプライバシー“家庭”に踏みこむ仕事だ。 だから相手が依存の強そうな場合には、お父さんお母さんと境界線を明確にして呼ぶのが有効なのさ」 「なるほどですね。では名前の場合は?」 「自分が周りから尊重されていないと感じる自尊感情の低い親には、名前で呼んで自分のことをわかってくれていると感じさせてコミュニケーションを図るのが大事なんだよ」 「依存の強い親や、自尊心の低い親の場合、児童虐待に近いと言いますよね」 「虐待する親は、周囲に強い不信感を抱え、人を信じることができないでいるのさ。 自分以外の庇護者がいないわが子を思い通りに扱うことで、その自尊心を補おうとするんだ。 それでも思い通りにならない場合は、子どもの存在を無視してしまうのさ」 「それはつまり、ネグレクトに直結するケースですね」 「猫屋田の言う通りだ。それと声も大事だね。なるべく声のトーンを下げて、話すスピードを落とす必要があるんだよ」 「それはなぜですか?」 「動物と同じさ」美蝶子さんがペンをくわえる。「相手は周囲を警戒する癖があるから、周波数の高い音を警戒する習性がある。 だから声のトーンやスピードに注意して、こちらに敵意がないことを知らせるのさ」
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