第3章 世界の涯てに泣く者と ─ ケース4 ─

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「何だそれは?」 「1978年に発見された“ユダの福音書”ではなく、1947年に死海のクムラン遺跡で発見された写本群がある。 その羊皮紙のなかにアラム語で記されたユダの死海写本があったのだ。 記したのはイスカリオテのユダ。それゆえにバチカンの秘匿文書保管庫に封印されていた」 「なぜ封印されていたのだ?」 「言ったではないか、ユダがイエスを神の子に仕立て上げたと。イエスの12番目の使徒であったユダ、その実は霊魂を自在に操る香師であった。 汝が使うエリュシオンの燭香と同じ調合でつくられた“ナルドの香油”を、イエスの葬りの準備のために用いたのだよ」 「ユダが……我と同じ香師……だと!?」 「イエスは何故に神の子と崇められるのか。それは十字架で磔刑された後に、死を超えて復活したからである。 それを可能にしたのは、香師ユダの魂器移植なのだよ。 “イスカリオテの毒”で仮死状態になったイエスの器に、新たな魂を移植施術したから復活したのだ」 「だからバチカンは、ユダの死海写本を封印したと言うのか。わざわざそんな御託を並べるのはなぜだ?」 「むろん、汝を仲間に迎えるため。そして、この幼子の魂器移植の時間稼ぎでもあるがね」  ペイルライダーがうすい唇を吊り上げる。 「イサナ、まだマナミの魂は残っているぞ!」  掌に白い花を模した蝋燭に焔を灯しながら、ナギサが叫んだ。  冥府の花アスポデロスを溶かした、エリュシオンの燭香である。 甘く蕩けるような死者を欺く芳香が漂い流れゆく。  今まさに死送りの術式が始まろうとしていた。
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