第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース2 ─

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「なるほど、勉強になります。さすがは児童心理司を5年も続けるベテランですね」  僕はいたく感心して手を打った。 「誰がアラサーだって? 美人に年齢は関係ないんだよ。 今言ったことで気をつけることは、異性の保護者を名前で呼んで声のトーンを下げないことだね」 「異性の保護者って母親のことですか?」 「ザッツライト! 母親から陽性転移されると厄介だからね」  陽性転移とは、患者が医師に恋愛に似た感情を抱くことだ。  相手のプライバシーに触れる児童福祉司は、いわばカウンセラーと同じ立場にある。  悩みを親身になって聞いてくれる相手に対して、恋愛という依存に走ることは有り得る話だろう。 「まあ、震える仔猫ちゃんには刺激が強いかな~」 「為になる話ありがとうございます、美蝶子先輩」  おちょくりの言葉を軽くいなすと、美蝶子さんが「ちっ」と舌打ちする。  いつものようにキョドらないので、どうやらお気に召さないらしい。いやはやである。 「イサナ君、担当の伊東さんから2番」  雉子さんに言われて受話器を取ると、耳に近づける間もなく罵声が飛びこんできた。 「はい猫屋……はいっ、はいっ、それは承知しています。いいえ、そのようなことは。 えっ! おせっかい!? おせっかい……おせっかい……余計なお世話と言われましても」  電話の向こうで怒鳴る声に気圧されて、すっかり震え上がった。  相手は「前の担当者の方が優秀だった」とか、 「児童相談所に相談しても埒が明かない」とか、 挙句は「下っ端と話しても時間の無駄だから、お宅の責任者である所長に代わって」と無理強いする始末だ。  僕の薄い理性はいとも容易く吹き飛び、心臓がバクバクと異常に高鳴っている。
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