プロローグ

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 幾人かの野次馬が一斉にスマホのレンズを向ける。何て無神経な行為なのだろうか。 「ちょっと止──」口をついた言葉は呑みこまれる。  ずるりッ──隠すように被せられていたシーツから、子どもの腕が覗いたからだ。 「ひぃッ!?」  誰かが小さな悲鳴をあげた。皆の視線が凍りつくのを感じる。 「何だありゃ……」  押さえた口から声をもらすのも、それを目撃したら致し方ないことだ。  ストレッチャーからだらしなく垂れた腕は、朽ちた樹の表面のように枯れていた。  そこに子ども特有のみずみずしい生気は微塵もなく、まるで老人のかさついた肌を見るようだ。 (これが年端もいかぬ子どもの腕なのかッ!?)  僕は衝撃で絶句しながら、じわりと目頭が熱くなるのを感じる。その腕に異なる色を見つけたからだ。  腕を彩っていたのは赤、紫、緑、黄色と異なるものだ。  それが何かを聞いたことがある。  それは虐待で刻まれた痣の色だ。何度も叩かれた虐待の色だ。  傷が癒えぬうちに重ねられるので、内出血した皮膚が違う色相を帯びる。そうして肌色ではない虐待の色に染まるのだ。  どんな風に打擲されて、何を使って殴打されたのか、それに考えを巡らせるだけで胸が痛む。  弱々しく震えながら、何かを探るように指が動いている。それは守ってくれる存在を必至で求めているてのひらだった。 (痛かっただろう。悲しかっただろう。逃げたかっただろう)  沸き上がる想いでむせかえり、グッと胃液が逆流する。 「でも子どもが救出されて良かったよ」  誰かがポツリとこぼした。  確かにそうだ。でも彼らは知らない。  あの子どもが本当に苦しむのはこれからだ。児童虐待は悲しみの連鎖なのだから。
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