第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース2 ─

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 四次元ポケットから何でも叶えてくれる便利アイテムを出してくれない。  やはり社会は厳しいよ……心のなかで自転車屋のおじちゃんに訴える。 「それより猫屋田、もう家庭訪問の時間だ。訪問先の住所まで運転できるな?」  美蝶子さんが身支度をしながら訊くので、僕は慌てて立ち上がりながら答える。 「すみません、できないんですよ」 「で・き・な・い!?」美蝶子さんの柳眉が跳ね上がる。 「運転免許を取っていないからです」  間髪入れずに答えると、美蝶子さんが「ああっ」と思い出したようにうなずく。 「そういえば猫屋田は、専門学校の学費と生活費を稼ぐだけで手一杯だったんだな」 「そーいうの、すっごく好みです。胸がキュンキュンしちゃいますです」  雉子さんが座ったまま両足をバタバタとした。どうやら変なスポットを突いてしまったらしい。 「申し訳ありません。運転お願いできますか」  僕は詫びながら頭を下げる。 「お姉さんは仔猫の直角お辞儀に弱いからね~。じゃドライブに行くとするか」  美蝶子さんが艶然と微笑んだ。 「イサナ君、美蝶子先輩を襲ったらダメですよ」  加えて雉子さんが唇を突きだして言った。 「ドライブじゃありませんし、襲いもしませんから!」  僕は鞄を肩にかけながら、笑みを浮かべる魔女姉妹に反論した。 「諧謔(かいぎゃく)を解する心の余裕を持たない男子はモテないぞ」 「人生の大先輩に心配をお掛けして、大変心苦しく存じております」 「ふむ、苦くるしゅうない。面を上げよ」  眼を細める美蝶子さんに付き従うように、僕は足早に事務所を後にした。
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