第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース2 ─

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「猫屋田は社会福祉の専門学校を卒業したんだよね?」  家庭訪問先に向かう道すがら、運転する美蝶子さんが訊いた。 「さっき言われて、なぜ知っているのだろうと考えていました」  僕が学費と生活費を稼ぐためにアルバイトを掛け持ちしていたことを、美蝶子さんが知っていたことに少なからず驚いていたのだ。 「服部女史から聞いたよ。専門学校を卒業して市役所の福祉課に配属された新卒を、ムリヤリに児童相談所に転属させた時にね」 「6月に異動するなんて、やはり異例ですよね?」 「タイミングが良かったんだよ。2016年に児童福祉法と児童虐待防止法の改正案が閣議決定して、児童相談所体制強化で児童福祉司が増員されることになったからね。 それで女史が、児童福祉司志望だったお前さんを引っ張ってきたわけだ」  昼間はお年寄りが運転する車が多いので、ゆっくりと走らせながら美蝶子さんが答えた。 「子どもの頃から、児童福祉司に憧れていたんですよ」 「猫屋田も変わってるね。子どもの頃に憧れるのは、プロスポーツ選手とか芸能人とか稼ぎのいい職業だろう普通は」 「……恩人がいるんです。その恩人が児童福祉司だったので、自分も大きくなったらなるんだと決めてました」  僕は前方を見たまま答えると、美蝶子さんがわずかに視線をコチラに向けた。 「それで納得。どちらかというと人づきあいが苦手な猫屋田が、どうしてこの職業に就いたのか理解したよ」 「実は極端な人見知りなんですよ。今も横に美人が座っているだけで、心拍数がマラソン走行並みに上がっていますから」 「今頃になってお世辞言ってもダメよ」  美蝶子さんが苦笑した。いたって真面目に答えたつもりなのに。
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