第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース2 ─

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「まあ、児童相談所は常に人手不足だからね。人手が足りない上に、予算も少ないから大変さ。 知ってる? カナダなんて子ども裁判所まであるのよ。 それに比べて日本は児童福祉が遅れているからね、憧れて入ってくる者はウェルカムさ」 「僕は向いていますかね、児童福祉司に?」  あらたまって真剣な口調で訊くと、美蝶子さんが少し小首をかしげる。 「児童福祉司なんて、児童相談所に配属されたら名乗れる言葉だからね、その適正なんて誰にもわからないんじゃないかな」 「子どもはともかく、親と接するのは厳しいですね」 「あえて言えば、どんな困難にも負けない心があるかどうかかな」 「どんな困難にも負けない心か……。今は美蝶子さんや雉子さんに負けていますからね」 「お世辞の次は嫌味かい!? それで家庭訪問先の詳細は?」  美蝶子さんに小突かれながら、僕は慌ててケースファイルを開いた。 「母親は横川良子、年齢は32歳。母子家庭で子どもは兄妹で2人ですね。 兄は清太郎君で6歳、妹は節子で4歳です。中央区のアパートに3人で生活しています。 清太郎君が小学校に入学していないので、民生委員から連絡がありました」 「それで状況は?」 「ネグレクトケースですね。3人が暮らすアパートがゴミ屋敷と化しているようで、子どもの養育上不適切だと判断されています」  自分で言ったネグレクトという言葉で、昨日見た虐待された子どもの腕が脳裡にありありと甦る。  子どもとは思えない朽樹のように乾いた皮膚。それをまんべんなく覆う虐待の痣。その内出血が変色した痣の色が、子どもが受けた苦しみと痛みを想像させてしまう。  虐待の光景を頭に思い描くだけで、血の気が引いて目の前が暗くなる。
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