第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース2 ─

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「清太郎君と節子ちゃんだね。こんにちは、お兄さんは猫屋田だよ」  中腰になって子どもたちに挨拶すると、その向こうに高い壁が見えた。  それは部屋の壁ではなく、うず高く積み上げられたゴミ袋の壁だった。  そのゴミ袋の壁が辛うじて人が通れる隙間を残して、玄関から奥の部屋まで延々と続いているのだ。  ゴミ袋だけならまだマシだ。その堆積物の層にはコンビニ弁当の屑やカップラーメンの容器、それに干からびてカビの生えた野菜や脱ぎ捨てた下着まである。  そのゴミ山の威容に圧倒され、部屋のすえた異臭に鼻を曲げ、そこに平気で暮らしている親子に度肝を抜かれた。 「それでね横川さん。お子さんの生活を評価するために、部屋の様子を撮影してもいいですか?」  美蝶子さんが訊いた。ネグレクトの経過を記録して、主観的ではなく客観的に評価するためである。 「写真を撮るのは別に構わないけど」  お母さんが興味がなさそうにぼやく。 「では上がらせてもらいますね。ほら、猫屋田はカメラの準備して」  そう言われてもゴミの山で、もう人が入るスペースがありませんから!  それにほら、ゴキブリばかりかムカデまで這い回っているじゃないですか!  僕は必死に眼で訴えるが、美蝶子さんはいささかも動じない。 「早くしないと失礼でしょう」  優しい声でなおも促すが、顔は笑顔のままで額に青筋が立った。 「お、お、お邪魔、ヒイッ!? します」  途中でもらした悲鳴は、天上から何かが落ちてきて背中に侵入したからだ。  それからゴミ袋の壁が崩れて生き埋めになったり、 賞味期限が1年前の弁当を踏みつぶしたり、 見たこともない昆虫に襲われたり、 さながら前人未踏のジャングルを探検するみたいだった。  不甲斐ないけど、また胃液をリバースしかけた。
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