第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース2 ─

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「これ、あの、僕の名刺ですッ。困ったことがありましたら、いつでも連絡ください!」  憔悴しきった荒い息で、それでも自作の名刺を渡すことができた。ネコの顔に「ヤダじゃないよ」と印刷したものだ。 「ネコだ! ネコだ!」と、子どもたちがゴミ山の部屋で駆け回る。いやはや子どもは逞しい。 「聞きしに勝る凄さですね。あのゴミ山は人知を越えてますよ」  帰りの車中でやっと落ちついた僕は、澄ました顔の美蝶子さんにぼやいた。 「あんな環境で子育ては到底ムリよ。時間の経過を見計らって、一保に運ぶ段取りだね」  一保とは一時保護所のことで、子どもを一時的に預かる施設のことだ。 「母親との衝突は避けられませんが、子どもの将来を考えれば致し方ないことですね」  児童福祉司の業務のなかで大きな負担の1つに、施設費用負担の手続きがある。  子どもを保護すると判断された場合、その保護者に施設入所には費用がかかることを説明しなければならない。  そのため負担額を巡って、保護者と言い争いになる問題があるのだ。 「費用の話は児童福祉司の役目だから、そこはお前さんにお任せするよ」  美蝶子さんが軽やかに言ったときだ。 「美蝶子さん、止めてくださいッ!!」  僕は大声で叫んだ。その叫び声に吃驚して、美蝶子さんが急ブレーキをかける。 「ど、どうしたんだ猫屋田!?」 「すみません。もうお昼休みの時間ですよね。僕、ここで降りますから!」 「ハアッ~!? ちょっ、お前っ」  大口を開けて呆れる美蝶子さんを無視して、僕は車から降りて駆けた。  前方の公園入口に、黒衣の女性が入るのを見たからだ。  それは昨日の虐待現場で、「生きる死骸」と称したナギサだった。
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