第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース2 ─

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 そこは子どもの頃から遊んだ、とても大きな県立の都市公園である。  四季を通じて緑と花が楽しめる公園として、市民だけでなく市外からも多くの人がやって来る。  木造風の公園事務所の横を通って辺りを見渡す。  たしかに赤いリードで繋がれた黒猫と共に歩く彼女を見たのだ。  ナギサを探そうと広場に向かおうとすると、 「ちょっとイサナちゃん、買ってかないのっ!」  元気色をした声に呼び止められる。 「素通りしないでパン買っていってよ」  移動販売車から顔を覗かせた、それは麦子(むぎこ)さんの声だった。  麦子さんは自宅兼工房で作ったパンを、この公園でケータリングしている。 「麦子さん、ここを黒い服を着た色白の女の人が通らなかった?」 「今さっき通ったわよ。芝生広場の方に行ったみたい。あらやだ、おばさんを無視して若い女の子を追いかけてるの」  麦子さんが自虐的に笑うが、おばさんではなく素敵な歳上の女性なのだ。 「ありがとう。これとこれとこれ、それにアイスティーをもらうね」  ふっくらと美味しい色をして並ぶパンを矢継ぎ早に指さすと、 「あら、いつもより多いのね。若い子はたくさん食べないとね」  と麦子さんが抜けるような笑顔で言った。  公園の中央にある芝生広場に着くと、また辺りをぐるりと見渡す。  風そよぐ緑したたる公園樹の上に、雲浮かぶ真円の空色がのっかっている。  頭上にはツバメが高く舞い、青と緑のあいだで人がくつろいでいた。  風を歌い空を手づかむように、幼稚園児たちがはじけながら広場を駆けている。  さわさわと木漏れ日が揺れている樹の下で、まるで日向に咲く花のようにナギサがいた。
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