第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース2 ─

12/15
前へ
/184ページ
次へ
 公園に流れるのどかな流れと違う空間が、そこにあった。  ひっそりと音もなく、しのびやかに時が流れていた。  ナギサは足をそろえた体育座りで、陽光に埋没するように本を読んでいる。  声をかけづらい雰囲気なので、そばの芝生に腰を下ろした。  黒衣の彼女の横で、毛艶の良い黒猫が昼寝している。  その上をゆったりと風が流れ、光の色味をかえながら樹々がそよいでいた。  何て心地良い空間だろうか。僕はしばし浸る。  牛乳にシュガーシロップを溶かした紅茶を飲んだ。  まるで遠い昔に、同じような空気に包まれたことがある既視感が湧く。  ふとナギサが視線を上げる。そばに座る僕に気づいたようだ。 「また…会ったね」ちょっとぎこちない言葉。  ナギサは澄んだ瞳でじっと見据えている。 「昨日、隣街で会ったよね? ほら、救急車が来ていて」  昨日のことを忘れているのかと、慌てて言葉を継ぎ足す。  それでも視線は揺るがず無言であった。 「え~と……君、ナギサという名前だよね?」  まさか人違いかと思って訊くと、固く結んだ唇がやっと開く。 「榊花(さかきばな)……榊花ナギサだ」 「榊の花か、綺麗な言葉だね」  たしかに榊の花のように白い貌で、淡く澄んで美しかった。 「そうか……何も感じない」 「綺麗な名前だよ。あっ、僕の名前は猫屋田イサナ」 「イサナか。変な名前だな」  ナギサが表情も変えずに言った。 「え~と……。もしかしたら昨日、救急車に通報したのはナギサさんかな?」 「さんは不要だ。ナギサと呼べ」 「ではナギサ。子どもの虐待を知って通報したのは君かな?」 「声が聴こえたのだ。痛く悲しい叫びが」
/184ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加