第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース2 ─

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 ナギサが眼を伏せながら答えた。かすかに彼女の感情が揺れるのを感じる。 “ここにいた者たちには、子どもの叫びが聴こえなかったのか?”  再び言葉が甦った。 「でも通報してくれたお陰で、子どもは一命を取り留めたよ。ありがとうね」  その言葉を聞いて、彼女の唇がかすかに開いた。  けれども言葉はない。  ただ、昼寝する黒猫の艶やかな毛並みを撫でていた。 「その猫、ナギサが飼っているの?」 「名はワルキューレ。死を告げる死神だ」  それはたしか北欧神話に登場する半神で、死者を選定してヴァルハラへ迎え入れる女性の名前だ。 「あっ、そこで買ったパンだけど食べる? もちもちとしてお米みたいで美味しいよ」 「いらない。私は生きる死骸……この身体はすでに腐敗して朽ち果てている」  そういえば昨日も言っていたな。何かの比喩だと思っていたが、どんな意味だろうか。  僕は黙って考えていると、ナギサが申し訳なく思ったのか口を開く。 「それならば頂こう。ワルキューレが食べるから」 「えっ、猫が食べるの!?」  驚きながらも麦子さん特製ジャムパンを手渡すと、寝ぼけ眼のワルキューレがハグハグと食べた。 「僕の名刺にもネコがいるんだよ。“ネコヤダ”ってセリフが入っているんだ」  そう言って自作名刺を手渡すと、ナギサが不思議そうな表情でつまんで見ている。 「あっ、そうだッ。昨日言ってた助死師(じょしし)って何かな?」 「死送る者だ。“死番(しばん)の助死師”。それが私だ」  死送る者? 死番? 意味がわからなかった。
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