第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース3 ─

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第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース3 ─

 どうにも心の後ろ髪を引かれるが、そればかり考えてもいられない。  午後になると家庭訪問した、ゴミ部屋に住む横川さんの報告書を書いた。  何度か一時保護で子どもの施設入所を説得したが、母親の良子さんが反対しているから難航しているという。 「生活保護で子どもの保護費があるから、それが貰えなくなると困るので余計に反対するのさ」  美蝶子さんが険しい表情で説明した。 「それに加えて悪いのは、夫がDVばかりか金の無心に来るからよ」  夫の彰之(あきゆき)はギャンブル依存症で、良子さんの生活保護と子どもの保護費を奪っていくらしい。  ただでさえ生活に窮しているのに、これでは子どもを養育するどころではない。まさに悪循環である。 「あのゴミ部屋だけでも養育上悪いのに、夫の暴力を見て育つ子どもへの影響は計り知れないのさ」 「それを避ける上でも、子どもの一時保護を急がねばなりませんね」 「それも踏まえて猫屋田、家裁への申立書の作成お願いするよ」  美蝶子さんにそう言われ、前途多難な展開を想像して気が重くなる。  家裁への申立書とは、子どもを保護者の意思に反してでも引き離さなければならない場合、児童福祉法28条により施設への入所承認を家庭裁判所に求めなければならない。その申立ての書類のことである。  それでもまた夫が横川家を訪れることを考えると、書類の作成を急がねばならないと気を引き締めた。  終業時間となり書類を片づけていると、美蝶子さんが声をかけてくる。 「猫屋田、駅前の居酒屋に行かねーか?」 「申し訳ありません。母が夕飯を準備しているので」  誘いを断るのは忍びないと思い、何度も頭を下げて謝る。
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