第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース3 ─

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「そう、良い名前だね。僕は猫屋田イサナって名前だよ」 「ネコがイヤなの?」  そばで毛づくろいをするワルキューレを見た。 「ほら、これ見て」  自作名刺を渡すと、顔を輝かせる。驚き喜ぶのが新鮮だった。 「ネコがヤダって言ってるよ!」 「面白い名前でしょう? よく笑われるんだ」  言いながら照れくさくて頭を掻いた。  ユキナちゃんが頭を抱え眼を閉じていた。 「えっ……?」  一瞬わけがわからず、頭を掻いた姿勢のまま固まった。  やっとユキナちゃんが恐るおそる目を開く。何事もないと知ると、また笑顔に戻った。 「……ユキナちゃんは何歳かな?」  多少驚いたが、話を切り替えて訊いた。 「ユキナ、6歳です」 「じゃ小学校1年生だね。学校は楽しい?」 「はい! 算数が苦手だけど、国語は好きなの」 「それでお姉さんと一緒に本を読んでいたんだね」 「ナギサお姉ちゃんの絵本、とっても面白いんだよ!」  ユキナちゃんが嬉しそうに言う。 「それは良かったね」 「ユキナねユキナね、本が大好きなの。でもね、絵本が半分破れてるの」  ナギサが持つ絵本は、たしかに半分が欠けていた。  それは古い本で、かなり褪せて痛んでいた。 「ナギサは本が好きなの?」  横で静かに話を聞いているナギサに訊いた。 「いいや。私が持っている本はこの2冊だけだ」  ナギサが読んでいた絵本『こころをさがして』と、『子どものための豊かな国』を指さす。どちらも同じように古い本だった。  そのとき、遠くで声がした。 「ユキナー、帰るわよー」  芝生広場の入口に女の人がいた。ユキナちゃんの母親が帰ってきたようである。
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