第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース3 ─

5/15
前へ
/184ページ
次へ
「うどんはこの時期に収穫された小麦でうどんを打つから。 それとタコの足の吸盤のように稲がたくさん実るように願ってよ」 「母さん、物知りだね」  驚いた顔をすると、母が舌を出して笑う。 「スーパーで係の人に聞いちゃった」 「やっぱり」僕も笑った。 「でもね、半夏生の名前の由来は知ってるの。これには二説あって、半夏と呼ばれる薬草が生える時期だからという説と、半夏生と呼ばれる花が咲く頃だからという説」 「今度はホントの豆知識だ」 「この半夏と半夏生は似た名前の植物だけど、半夏は薬草であるのに対し半夏生は毒草なのよ」 「同じような名前でも、薬草と毒草があるんだね」  それを聞いてナギサを思い出した。  夕方の公園で女の子のために本を読む彼女と、自らが生きる死骸だと名乗る助死師の彼女。  どちらが本当の姿なのだろうか。 「それよりイサナちゃん。お仕事どうなの? 先輩方は優しいの?」 「ちゃんとやってるよ。先輩方も優しくて頼り甲斐があるんだ」  邪な笑みを浮かべる魔女姉妹を頭に思い浮かべながら答えた。 「それなら良かった。イサナちゃんが子どもの頃から憧れていたお仕事だからね。 でも、怒った親御さんと揉めたりするって聞いたわよ。危なくないかしら?」 「そんな危険はないから大丈夫さ」  僕は安心させようと笑った。  児童相談所には、金属板が仕込まれた防刃チョッキが配られている。  逆上して刃物を振り回す親から身を護るためである。  それでも金属板が護る箇所が胸や腹部だけなので、顔や首それに腕や足を狙われたら怪我をする。ヘタをすれば命の危険だってある。 (そんな危険なことにはならないさ。話し合えばきっとわかり合えるはずだから)  僕は湧きいずる不安を払拭して、母とのしばしの団欒を楽しんだ。
/184ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加