第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース3 ─

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 母がそう言うと、靴棚の奥にある古い箱を取りだした。 「それは?」 「これはね、お父さんの革靴よ」 「亡くなった父さんの革靴……!?」  僕の父は5年前に癌で亡くなっている。  その父が残した靴がまだ残っているとは思わなかった。 「これイギリス製なのよ。何だか捨てるのが惜しくてね。それで時々箱から出しては、お父さんを思い出しながら磨いていたの」  母がモンクストラップの靴を、まるでその向こうに父の面影を見るように眺める。 「だからね、イサナちゃんに履いてもらえると母さん嬉しいわ」 「……サイズ合うかな」  置かれた靴に足を通すと、まるで僕用にあしらえたようにピッタリだった。  足が心地良く靴に包まれている感触に嬉しくなる。 「ちょうどいいや」 「イサナちゃんは背が高いけど、足は小っちゃいからね」  母が満足したように微笑んだ。  そのことを事務所で話すと、 「感動した、ええ母や~!」  と美蝶子さんが大袈裟な声をあげた。 「えっ、母だけ? 僕は?」 「お前さんはあたしの前を通るな」 「なぜですか?」 「震える仔猫ならぬ、縁起の悪い黒猫だから」  美蝶子さんが断言すると、雉子さんがウンウンとうなずく。 「黒猫が目の前を通ると不吉って言いますです」 「僕は黒猫じゃありません。猫屋田ですから」  僕は呆れて肩をすくめると、美蝶子さんが妙に真剣な表情で言う。 「それより猫屋田、ご愁傷様」 「……何がですか?」 「きっと、昔泣かした女が復讐しに来る前兆だぜ。背中からナイフで刺されても知らないぞ」 「そんな馬鹿なッ」
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