第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース3 ─

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「あっ、ごめんねえ。震える黒猫ちゃんには女を泣かす器量がないでちゅよね」 「大きなお世話です。そう言う美蝶子さんも気をつけた方がいいですよ」 「あたしが泣かした男は3桁はくだらないからな。いちいち怯えていられないよ」  美蝶子さんが豪傑みたいな発言をすると、雉子さんは陶酔の眼差しでつぶやく。 「美蝶子先輩、憧れますです」 「……美蝶子さんは生まれた時代を間違えましたね」  僕はため息をつきながら、封筒の宛名書きに戻った。  そうこうするうちに何事もなく終わり、帰りにまた公園に立ち寄る。 「あっ、今日は池のところにいるな」  芝生広場の端に小さな公園池がある。  その横にある木のベンチに、ナギサとユキナちゃんが並んで座っていた。  そばでワルキューレが、池で泳ぐカルガモを凝視している。  その向こうには西日を浴びて暮れなずむ空が広がっていた。  2人が並んでいる姿を見ていると、自然と笑みが浮いてしまうのがわかる。  牧歌的で心温まる光景だからだ。 「イサナお兄ちゃーん!」  僕に気づいたユキナちゃんが手を振り叫んでいる。 「今日は何をしているのかな?」  近づいて覗きこむと、また昨日の絵本を見ていた。 「あっ、絵本を読んでいたんだね」 「ユキナがまた見せてと言ったの」  ユキナちゃんが足をブランブランさせながら言った。  子どもとは気に入った絵本を何度も読んでとせがむものだ。  それでも絵本を読むことで、子どもの心を豊かにする効果がある。  絵本の主人公が楽しい場面では子どもも笑顔になるし、悲しい場面では子どもも泣きそうな顔になる。
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