第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース3 ─

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 そうやって主人公と共感して、心の表現である喜怒哀楽を覚えるのだ。 「破れている半分も読みたいな。そしたら、もっと面白いのに」 「すまない。これしかないんだ」  ナギサが珍しく申し訳なさそうに詫びた。 「どれどれ、ネコのお兄ちゃんにも見せてほしいな」  場を和ませるためにおどけてみると、 「イサナが読んでくれ」  ナギサが絵本『こころをさがして』を手渡した。  本の中身を開くと、そうとうに古い本だとわかる。おそらく10年以上は経過しているだろう。  それでも、ふんわりとした絵が優しい。子どもに戻った気分で、声にだして読んだ。  ──子どもの兄妹が、親に捨てられた。  そこはふかい森で道にまよっていると、大きなフクロウがおしえてくれました。 「ここは、こころの森だよ。森のおくに、こころがかくしてあるんだ」  兄妹は、こころをさがして森のおくにすすみます。  ところが、いろいろなことが兄妹をおそうのです。  悪いオオカミが食べようとしたり、嘘つきの木こりがだまそうとしたり。  とうとう兄妹は、長老の木の前で力尽きてしまいました──。  絵本はそこで破れていて、その後に物語がどうなったのかわからなかった。 「う~ん。ユキナちゃんは、兄妹がこの後どうなったと思う?」  絵本から視線を上げて訊くと、 「死んじゃったんでしょう? きっと天国で仲良く暮らしたんだよ」  ユキナちゃんが眼をパチクリしながら答えた。 「え~、死んじゃったのかな? 生き返らないかな?」  同じように眼をパチクリしながら訊くと、 「死んだ者は生き返らない」  ナギサが静かな声で言った。 「それはそうだけどさ、何だか兄妹が可哀想じゃないか」 「それが現実だ。死は絶対だからだ」
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