プロローグ

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 道端にチョコンと座り、グリーンとアンバーが交じった眼の色でこちらを見ている。  艶やかな毛並みの美しい黒猫で、赤い首輪に小さな鐘をつけていた。 “何をそんなに悲しんでいるのか?”  黒猫は眼の色でたしかにそう訴えていた。  悲しみに暮れる僕を不思議そうに見ている。 “なぜ他人の不幸を気にかけるのだ?”  人間の愚かさを歯牙にもかけず、後ろ足で首のあたりを掻いた。 「……君が溜め息をついたのかい?」  思わず猫に話しかけた。  そうして気づいた。猫の赤い首輪に繋がる赤いリードがあることを。  その赤い紐を眼で辿っていくと、離れた隅に人影があるのを見た。  それは黒い衣装を身に纏った少女だった。  ゴシック&ロリータ調の黒いワンピースから覗く、白く艶めかしい肌が眼を灼いた。  肩のところで切りそろえられた髪は濡れ羽色で、その下に白い美貌が前方を睨んでいる。  いや、よく見れば自分と同じ年頃の女の人だと知れた。  少女と思ったのはその小柄な体躯と、その無垢な表情ゆえだとわかる。  その表情は硬く移ろいが見えないが、それゆえに生成りの純粋な清らかさがあった。  陽の光をせおう孤高の花のように、白くはかなく佇んでいた。  まるで人の気配を感じない。  いや正確には、生きている人の気配ではなかった。  しばし女の人を見つめる。女の人の瞳から一瞬も眼が離せない。  透きとおるように澄んだ悲しい瞳。僕はその瞳の色を知っているような錯覚を覚えた。  それは物心がつく前の、遠い昔に見た記憶のような気がしたのだ。
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