第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース3 ─

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 それを聞いて言葉に詰まってしまった。  重苦しい空気が流れる。  その雰囲気を破るようにユキナちゃんが口を開く。 「お母さん、まだ来ないかな」 「そう言えば遅いね」  とっぷりとした陽が沈み、空を夕闇が染めていた。 「ユキナ、良い子にしていたよ。ちゃんと待っていたよ」 「きっと仕事が長引いているんだよ。大丈夫、僕が一緒に待っているからね」 「あっ!」と、ユキナちゃんが声をあげる。  公園の入口、薄い暗闇の向こうに人影が見えたからだ。  ユキナちゃんが駈けだそうとするが、その足が止まった。  それは複数の人影だとわかったからである。  人影が徐々に近づいてきた。  それは大小3人の人影で、女の腰の左右に小さな子どもがしがみついている。 「……猫屋田さん……?」  女の声がした。なぜ僕の名前を知っているのだろう? 「どなた……ですか?」 「……猫屋田さんですよね!? あたしです、横川良子です!」  点いたばかりの電灯に照らされて、やっと顔の判別がついた。  それはゴミ部屋に住んでいたネグレクト家族、横川良子さんと清太郎君それに節子ちゃんだった。  3人は今部屋から飛びだしてきたように、薄汚れて変色した着物のままである。  よほど切羽詰まった状況なのだろう。  僕は只ならぬ事態に声を荒げる。 「横川さん、一体どうしたんですか?」 「助けてくださいっ、見つかったの、だから逃げて来たっ」 「誰に見つかったのですか?」 「見つかったのよ。だから殺されるっ!」 「だ、誰に殺されるのですか!?」 「夫に見つかったのっ! きっとあたしたち殺されてしまう!」  良子さんがパニックになって泣き叫ぶと、腰にしがみついた兄妹2人も同じように泣いた。
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