第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース3 ─

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「ヤバい、ヤバいよ、絶対にヤバいよ。猫屋田さん、どうしよう!?」  良子さんが泣きながら「ヤバい」を連発する。 「お母さん、怖いよ、怖いよ!!」  兄妹も母親の恐怖が伝染したように泣き叫んでいた。 「横川さん、どうか落ちついてください。とにかく子どもの安全が優先です」  僕は声のトーンを落としてゆっくりと言う。そうすることによって自分でも焦る気持ちが和らぐのがわかる。  良子さんが「子ども」という言葉を聞いて、我に返ったように眼の焦点が合った。 「わ、わかりました。子どもを守るには、どうすればいいのですかっ?」 「児童相談所に行きましょう。ここから近いので、子どもを施設に匿います」 「はい。行きます、児童相談所に」  危機に際して母性が目覚めたようだ。「大丈夫だからね」と子どもをあやして、眼の表情にも強さが感じられる。  兄妹も母親の落ちついた表情を見て、やっと安心したように泣き止んだ。 「清太郎君、節子ちゃん、猫屋田のお兄ちゃんと一緒に行こうね」 「施設に行くの?」と節子ちゃんが訊く。 「お兄ちゃんが働いている相談所に行くんだよ」 「そこなら安全なの?」と清太郎君が訊いた。 「そこなら大丈夫だから、お母さんと一緒に行こうね」  兄妹がそれを聞いて安堵したようにうなずいた。  星降市児童相談所には、子どもを保護するための一時保護所が付設されている。  神奈川県の2ヶ所の一時保護所は、虐待ケースの増加で定員をはるかに超えて運営が立ちいかない状態になっていた。  そのために新しい一時保護所が必要になり、星降市児童相談所は定員25名の一時保護所を付設したのである。 「では急いで行きましょうか」  先を急ぐために促した。  良子さんが「お母さんが守るからね」と言うと、「うん」と兄妹が笑みをこぼしている。
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