第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース3 ─

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「ナギサ、ユキナちゃん、ごめん。僕はまた児童相談所に戻るから」  謝りながら振り向くと、ユキナちゃんがじっと目の前の親子を見詰めていた。  急な事態に直面して凍りついているのかと訝しんだが、どうやら様子が違うようである。  ただ黙して瞬きもせずに見入っているのだ。 「……ユキナちゃん」  戸惑いながらも声をかけようとすると、 「イサナ、行くな」  ナギサが硬い声で言った。 「ど、どうしたんだいナギサ?」 「死の予感がする。行ったら駄目だイサナ」  ナギサが頑なな表情で言うので、ちょっと驚いた。  常に無表情で言葉少ななのに、このときは感情を浮き上がらせていたからだ。 「だ、大丈夫だよ。この時間なら相談所に人が残っているはずだからね」  まだ7時前だ。相談所には緊急時に控えている宿直の職員がいるはずである。 「でもイサナ……」 「とにかく、この親子を相談所に連れて行くから!」  僕はナギサの制止を振り切って、横川親子と一緒に歩きだす。  それでも罪悪感から振り返ると、ナギサとユキナちゃんが黙然と立っていた。  ただ暗闇のなかでワルキューレの眼だけが、鬼火のように爛々と輝いているのが不気味であった。  横川親子と一緒に児童相談所に駆け戻る。  事務所にはまだ笠所長と服部女史、それに数名の職員が残っていた。 「あら猫屋田君、一体どうしたことかしら?」  女史がおっとりと訊いた。  いきなり現れた自分と横川親子を見て、皆が眼を剥いて立ち上がっている。 「すみません、横川さん親子を勝手に連れて来てしまいました。DVの夫から逃げているそうなんです。 至急に子どもの保護をお願いします!」 「安心しなさい」笠所長が言った。「ここなら安全だから。必ず子どもさんを守るからね」  笠所長が自信に満ちた声で告げる。
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