第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース3 ─

14/15
前へ
/184ページ
次へ
 僕は無意識に身を挺してかばっていた。  何としても子どもたちを守るという想いが、考えるより先に身体が反応したのであろう。  良子さんたち3人を背にして、向かってくる彰之と対峙する。 (しまった、防刃チョッキを着けていない)  もう遅かった。  あと数歩の距離に彰之がいた。走れば一瞬で目の前である。  死を覚悟した。  心ともなく脳裡を記憶がよぎる。  ──母との会話が、靴紐が切れると縁起が悪いと。  ──美蝶子さんとの会話が、黒猫が前を通ると不吉だと。  そしてナギサが──死の予感がする、行ったら駄目だと。  刹那の間隙に、顔と言葉が稲妻のように閃いた。 「あんた、児相の職員か?」  眼をつむった僕の顔を、彰之の言葉が叩いた。 「は、はいッ!」  もつれる舌で返事をすると、彰之の気配が下がるのがわかった。  怖ず怖ずと眼を開けると、廊下に土下座する彰之が映る。 「すんませんでしたッ!」 「は、はい?」 「ウチのことで迷惑をかけたみたいで、申し訳ありませんでした。 自分はもう良子に手を上げませんから、どうか許してくださいッ」 「ど、どういうことなんですか?」  僕は呆けた声で訊くと、 「これからは心根を改めて真面目に生きます。そのケジメに指詰めますから受け取ってくださいッ!」  やにわに彰之が刃物で指を切ろうとした。 「待ちな!」  突然、叫びが湧いた。  振り向くとそこにいたのは、笠所長であった。  どうやら騒ぎを聞きつけて集まって来たようで、後ろには服部女史もいた。 「待ちな、若いの。早まったことをするんじゃないよ。どうにも刃物は頂けないな。 それだけの覚悟があるのなら、なぜ早くに奥さんを倖せにしてやれないんだ?」  所長が厳しい表情で問い質すと、彰之がうな垂れるように答える。 「すんません。自分は貧乏育ちで親に愛情を受けなかったので、妻や子にどう接していいのかわからなくて。 それで自暴自棄になって、ついギャンブルに走っちまいまして」 「それは心得違いだよ。倖せになれないのは生活の貧因が原因じゃないんだ」
/184ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加