第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース3 ─

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「では何ですか?」 「生活の貧因ではなくて、心の貧因がすべての原因さ。境遇のせいにするのは逃げだよ」  所長が彰之の肩に手をかけて諭すように言った。 「すんませんッ、性根を入れかえますからッ」  彰之が涙を流して謝罪すると、 「父ちゃんっ!」  兄妹が涙を流しながら取りついた。その横で良子さんも眼に涙を浮かべている。 「一件落着だな」  所長が宣言した。  まるで任侠映画である。伊達に御前様と呼ばれていないな。 「……良かったです本当に」  僕は安堵の息を吐いた。途端にヒザの力が抜けて尻餅をつきそうになる。 「大丈夫かい?」  女史がヤレヤレと心配そうに訊いた。 「は、はははっ、大丈夫です」  恥ずかしくなって頭を掻くと、節子ちゃんが頭を抱えていた。 「えっ……」と、頭を掻く手が止まる。 「馬鹿だね節子。もう父ちゃんは殴らないよ」  良子さんがつぶやくと、女史がうなずくように言う。 「殴られていた記憶で身体が勝手に反応したんだね」 「あっ……」  頭を抱える節子ちゃんが、昨日見たユキナちゃんの姿と重なった。 (まさかユキナちゃんも……!?)  胸を侵すように不安がうずまく。その途端、胸の携帯が鳴った。 「はい、猫屋田です」  すぐに携帯に出ると、ナギサの声が耳に飛びこんできた。 「イサナか。すぐ来てくれ、ユキナちゃんがっ!」  そこで通話が切れた。 「誰からだい?」女史が訊ねる。 「ナギサからでした。何だか慌てている様子で……」 「猫屋田君、すぐにナギサの許に行きなさい」 「次長はナギサの助死師に詳しいのですか?」 「ナギサの助死師は特殊で、虐げられ落命した霊を死送る者なのよ」  僕は女史の言葉を聞いて、底知れぬ奈落に落とされたように目の前が暗くなった。
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