第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース4 ─

1/15
前へ
/184ページ
次へ

第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース4 ─

 闇夜の底を公園に向かってひた走る。  ナギサからの連絡は公衆電話から掛けられたものだった。  それならば、きっと公園の第2駐車場であろう。  あそこには公衆電話が設置されているからだ。 “死の予感がする、行ったら駄目だ”  走りながらナギサの言葉が脳裡に甦る。 (僕は考え違いをしていたんだ)  ナギサが暗示していたのは横川家ではなく、まさかユキナちゃんのことではないか。  手を上げたときにユキナちゃんが頭を庇った行動は、まさか虐待を受けていた証拠ではないか。  まさかあんなに幸福そうな母娘が──。  頭のなかを幾つもの“まさか”が駆け巡る。  児童相談所を出る間際に女史が告げた言葉が気にかかる。 “ナギサの行くところ虐げられし魂が待っている。 あの娘は虐げられ死んだ霊を解き放つ、死番の助死師なのよ”  その意味は理解できないが、死という言葉がいたずらに焦燥を煽る。  まさかユキナちゃんの命が危ないのか!?  第2駐車場の公衆電話に着いたが、そこにナギサの姿は見当たらなかった。 「どこに行ったんだ……」  不吉な予感がいや増す。  あのとき別れた池かもしれない。  そう思った矢先に、妙な音が耳に触れた。  それは澄んだ鐘の音で、遠くから蕭々(しょうしょう)と聴こえてくる。  まるで眠る氷河が、幾星霜かけて動くときにあげる軋みのような。  まるで孤高の風が、行く当てもなく息絶えるときの呻きのような。  そんなおぼろで儚い無情の音であった。  僕はその鐘の音に誘われて、夢遊病者のごとく夜闇に向かって歩きだす。
/184ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加