第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース4 ─

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 鳴り響く鐘の音をたよりに、滔々と流れる夜を泳いで上流に向かう。  やがて小さな月のような光点が2つ、闇に爛々と灯っているのを見つけた。  見まごうことなくワルキューレの眼だ。 「見つけた!」  僕は喜び勇んで独りごちると、ワルキューレが「にゃ~ん」と小さく鳴く。まるで“やっと来たか”とぼやいているようである。  聴こえていた幽かな音は、ワルキューレの首輪についた小さな鐘だった。  咄嗟に走り寄ろうとすると、その形容しがたい異常に気づきハッとして止まる。  ワルキューレの光眼は微動だにしていないのに、まだ鐘の音は蕭々と鳴っているのだ。 「……どういうことだろう?」  おじおじと近づくと、その音は鐘自体が震えるように鳴っていた。  まるで何かに共鳴しているようである。 「ひとりでに鐘が鳴っている……」  腰を屈めてもっとよく見ようとすると、 「それは“アンジェラスの弔鐘”だ」  いきなり声が降ってきた。 「ナギサッ!?」  闇のなかに溶けこむように佇むのは、他ならぬナギサだった。 「アンジェラスの弔鐘って何だい?」 「それは死を御告げる鐘。虐げられ死した魂に反応して鳴る鐘だ」  ナギサが静かに答える。  虐げられ死した魂ってユキナちゃんのことなのか?  そう問いかけようとすると、ナギサの背後からユキナちゃんが顔を覗かせた。 「ユキナちゃん、無事だったんだねッ!」  驚きと喜びで叫ぶと、ユキナちゃんがわずかに微笑んだ。だが表情が硬い。 「ナギサ、どういうことだい? 電話ではユキナちゃんが──」 「イサナ、これを見ろ」  言いかけた言葉を遮って、ナギサがユキナちゃんに向き直る。
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