第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース4 ─

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 だがその願いは虚しく、いくら待っても何の応答もない。 「お兄ちゃん」と、ユキナちゃんが鍵を手渡した。  その鍵を差し込むが、すでに扉は開いていることに気づく。  そっと扉を開けて、なかの様子を窺った。  部屋のなかは薄暗く、人の気配は感じない。  少し心拍数が戻る。  だがユキナちゃんが灯りを点けたことによって、心臓が跳ね上がった。  部屋に人がいたのである。  それは公園で見たユキナちゃんのお母さん──今日子さんであった。  今日子さんは茫然として言葉もなく、ただ畳にへたりこんで動かない。  いや、それよりも僕の眼を奪ったのは、畳の上に敷かれた布団である。  布団の上の小さな身体──乳幼児がうつぶせで横たわっていたのだ。 「マサル君──!?」  ユキナちゃんが悲鳴のような叫びをあげる。 「なッ!!」  僕は言葉を詰まらせながらも、急いでマサル君を抱き上げた。  身体の大きさから1歳未満と推定される。  その首がぐったりと垂れた。すでに息はしていない。  胸に耳を当てるが心音もない。  体温はまだ残っているが、顔面の前部である額に痣のような紫赤色の変色が見られる。死斑である。  口腔と鼻孔に少量の泡と血液が付着しているが、それもすでに乾いていた。  顎関節が硬化し始めているので、すでに死後硬直が進行している。  その状態から死後2時間以上だと思われた。 「し、死んでいる……」  うつぶせによる突然死──乳幼児突然死症候群であった。  呼吸器官が未発達な乳幼児が、うつぶせ寝でぐっすり眠りすぎると突然無呼吸状態を起こし死に至るのだ。 「マサル君、マサル君、起きて、起きてっ!」  ユキナちゃんの叫びだけが部屋にこだまする。
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