プロローグ

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「ここにいた者たちには、子どもの叫びが聴こえなかったのか?」  ふいに女の人が口を開いた。  硬い声だ。世界のすべての理不尽に怒る声だった。  その音声が胸を震撼させる。共鳴する鐘のように、したたかに僕の心を打ち鳴らした。  同じような怒りを言葉にする、黒衣に白い美貌の女の人。 「……君の名前は?」  心ともなく訊いていた。  すると女の人が初めて視線をこちらに向けて、千年湖のごとく澄んだ瞳で告げる。 「私は生きる死骸──助死師(じょしし)のナギサだ」  その言葉だけを残して、ナギサは静かに去っていった。  僕の心に重いくびきを残したままで──。
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