第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース4 ─

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 今日子さんがそれを虚ろな眼で茫と見ていた。 「今日子さん、しっかりして! 何があったんですかッ!」  マサル君を横たえて母親ににじり寄るも、まるで人形のように反応しない。  ただ半開きになった唇から、声にならない言葉をブツブツともらすだけである。 「ユキナが悪いの? ユキナがちゃんとしてなかったから悪いの!?」  半狂乱になったユキナちゃんが、意味不明なことを叫んだ。完全に取り乱している。  そのとき、黙然と佇んでいたナギサが動いた。  つかつかと今日子さんに歩み寄ると、いきなり頬を平手打ちした。  バッチンと鳴る音よりも、ナギサの行動の方に驚く。すっかり仰天した。 「しっかりしろ」  ナギサの鋭い一言で、今日子さんの眼に生気が宿る。 「……わたしが帰ってきたら……マサルちゃんが死んでいたの」  眼を見開き震える声で告げた。  それだけを言うと、両手で自分を抱きしめる。眼に見えるほどガタガタと震えていた。  自分の子どもが亡くなったのだ。無理もない。  冷静でいろと言う方がおかしい。  だがナギサが放った言葉は、予想外だった。 「それは嘘だな」  峻厳な眼の色で今日子さんを凝視している。 「ち、ちょっとナギサ、失礼だよッ」 「アンジェラスの弔鐘は、虐げられ死した霊魂にだけ反応する。けっして自然死や病死では鳴らない」 「それはつまり……」 「マサルは虐待によって死んだのだ」  ナギサが重い声で言った。  それには今日子さんも動顛して、眼を吊り上げ声を荒げて叫ぶ。 「あ、あなたは何者ですかっ!?」 「私は死番の助死師──虐げられ死した幼き霊魂を虐待者から解放するのが務め。 それが死送る者、私の生きる存在意義だ」  ナギサが超然と告げた。
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