第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース4 ─

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「じゃどうすればいいんだい?」 「今から“死送りの術式”を執り行う」  ナギサが静かに宣告した。 「な、何をするのっ!?」  うろたえる今日子さんを尻目に、 「イサナ、照明を落としてくれ」  落ち着き払ったナギサが淡々と指示する。  僕はナギサの言った死送りの術式が、どのようなものなのか見極めようと指示に従う。  部屋の照明を消すと、再び闇の帳が降りた。  ちりぃぃん、ちりぃぃん──。  白いシーツに包まれたマサル君の足元に、ワルキューレが座していた。  首に吊されたアンジェラスの弔鐘が、その死を悼むように哀しい音色で鳴り響いている。  ナギサがおもむろに、白い花を模した蝋燭を取りだした。 「それは……?」 「これはエリュシオンの燭香(しょくこう)」  告げるやいなや、片方の腕を水平に伸ばした。  その伸ばした白い指先に、ボウッと炎色の焔が灯る。  そして白い花の蝋燭に火を灯すと、にわかに甘く蕩けるような香りが漂い始めた。  まるで脳髄を溶かすような甘い香りだ。  朝霧に濡れる花の蜜を集めたように、かぐわしく官能的な芳香に酔う。  香りが鼻から中枢神経に達すると、思考が逆巻き感情が波打つようであった。  その香りに抱かれていると、生まれる前に嗅いだような妙な錯覚を覚えた。  いや、僕はこの香りをたしかに嗅いだことがある。 「この香りは……?」 「エリュシオンの燭香は、冥府の花アスポデロスを溶かしてつくった燭香。 アスポデロスとは、死者の国に咲くとされる枯れることのない不凋花(ふちょうか)だ」 「死者の国に咲く花……アスポデロスの香り」  焔に照らされたナギサの言った言葉を、我知らずにつぶやいていた。
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