第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース4 ─

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 ちりぃぃぃん──。  ひときわ高らかに、アンジェラスの弔鐘が鳴った。  そして一瞬の静寂が闇を包む。 「みゃう」ワルキューレが鳴く。  ごそり、と白いシーツが動いた。 「馬鹿な……」  自分の眼が信じられず、これは夢かとほそい息がもれた。  白いシーツがもぞもぞと蠢動して、まるでマサル君が目覚めたかのように動いているからだ。 「白姫マサルよ」  ナギサの呼びかけが聞こえたかのように、白いシーツの動きがピタリと止まる。 「マサルよ、聞こえるか?」  今度はシーツがむくりと起立した。 「──……ぼくを……起こしたのは……誰……?」 「馬鹿なッ!?」僕は呻いた。「マサル君は赤ん坊なのに、人の言葉を理解し、ましてや喋ることなどできるはずがない」 「イサナ、それは間違いだ。子どもは段々と人間になるのではなく、生まれた瞬間からすでに人間なのだ。 幼い子どもが辿々しいのは、魂に身体が追いついていないだけだ」 「マサル君が起きたよ! マサル君が起きたよ!」  畳にペタンとへたりこんでいたユキナちゃんが声をあげる。 「そ、そんなっ……!?」  今日子さんが怯えたように両手で口を押さえていた。 「マサルよ。君を起こしたのは、この私ナギサだ」 「……ナギサ……お母さんじゃないの……ぼくを起こしたのは?」  白いシーツがはらりと落ちた。  そこにはたしかにマサル君が立っていた。1歳の乳幼児なのに、まっすぐと立っているのだ。 「君のお母さんは、そばにいるよ」 「……お母さん……どこ、どこにいるの……?」  マサル君が愛しい者を探すように、ゆっくりと首を左右に振っていた。  今日子さんが我が子を拒絶するように、激しく首を左右に振っていた。
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