第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース4 ─

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「君のお母さんは、ほら後ろにいるよ」  ナギサの言葉に反応するように、マサル君の首が後ろに向いた。 「お母さん、お母さん」  小さな手を精一杯に上げて、マサル君が母親を求める。 「マサルよ、母は君に何をしたのだ?」 「……ぼくはただ、抱いてほしかった。ぼくはただ、お母さんの髪に触りたかった。 ぼくはただ、その顔を手でたしかめたかった……」 「母は君に何をしたのだ?」ナギサが再び問うた 「……それなのになぜ、お母さんはぼくをぶつの? それなのになぜ、ぼくを痛くするの?  お母さんはなぜ、ぼくを愛してくれないの? ぼくはただ、愛されたいだけなんだ」  マサル君の悲しい訴えを聞いて、その意味がわかった。  マサル君の額の痣は、母親である今日子さんが叩いた印だと。  揺さぶられっ子症候群──頭を激しく揺さぶるか、布団などに強く打ちつけたのが死因だったのだ。  ユキナちゃんが僕の手が上げるのを怖れたのは、今日子さんがマサル君を叩いているのを見ていたからなのだ。 「お前はなぜ、マサルを蔑ろにしたのだ?」  ナギサが今日子さんに問うた。 「子どもを産んだことのない女に、わたしの気持ちはわかりっこない!」 「母の気持ちはわからない。だが虐げられる子どもの気持ちなら、痛いほどわかる」 「子どもはわたしのものよ! わたしがちゃんと教えないと生きていけないのよ!」 「マサルはお前の所有物ではない。1人の人間なのだ」 「わたしだって人間だ! 眠いのにマサルの鳴き声で起こされ、 夫が半年前に亡くなったのに悲しみに暮れる暇もくれず、 夫の実家はマサルの面倒も見ないくせに保育所に入れることを叱ったのよっ!」
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