第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース4 ─

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「だからユキナに子守をさせていたのか?」  ナギサが問う言葉を聞いて、その意味を理解した。  ヤングケアラーだ。親に代わって家庭を守ったりする役割を背負いこむ子どものことである。  ユキナちゃんは今日子さんが仕事に出ている間、マサル君の面倒を見ていたのである。   6歳の子どもがだ。友達を作りたい時期に、家で幼い弟の世話をしていたのだ。  今日子さんは、幸福な家族を演じていただけだった。 「だからマサルを殺したのか?」  ナギサが再び問うた。 「嗚呼嗚呼嗚呼あああぁぁぁぁ───!!」  今日子さんが狂乱したように絶叫した。 「お母さん、お母さん」  マサル君が一心不乱に愛する者を求めていた。 「マサル、もう君はここにいてはいけない。次の転生が待っているから、光のある方へ歩いて行かないといけないんだ」 「ぼく1人じゃ寂しいよ。ぼく1人じゃ心細いよ」 「安心しろ。私が一緒に行ってあげる。だからもう、泣かないでおくれ」  ナギサがそう告げると、マサル君の小さな手を取ろうとする。 「ナギサ、行ってはいけない!」  僕は本能的に叫んでいた。  彼女がとても遠いところに行ってしまうと感じたからだ。  ナギサが振り向く。その顔は迷い子のように、とても哀しそうだった。 「嗚呼っ……」  今日子さんがマサル君の手を握ろうとする。 「お母さん!」  マサル君が愛しい人の手に触れようとした。  その手が重なろうとした瞬間、ふっとエリュシオンの燭香が消えた。  重い闇と共に、また現実が戻る。  シーツの上のマサル君は力なく崩れて、生のない遺体に戻っていた。 「死送りの術式が終わった……」  ナギサが重い声で告げる。  マサル君の霊魂が去った後には、すすり泣く母の声だけが聴こえていた。
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