第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース4 ─

11/15
前へ
/184ページ
次へ
 通報で駆けつけた警察官により、今日子さんが傷害致死罪容疑で逮捕された。  警察での事情聴取が終わり、家に帰り着いたのは深夜になった。  どんなに辛い夜であっても、やがて陽は昇り明日という未来がやってくる。  翌朝、母が言葉少なに送りだす。 「いってらっしゃい」  児童相談所では意外にも、児童虐待死事件の第一発見者としてマスコミが押し寄せていると思っていたが、そんな気配はなかった。  事件に児童相談所が関わっていなかったこともあるが、何よりも笠所長や服部次長それに辰鳥課長の人脈により大事にはならなかったのだ。  世の中は皮肉である。  ネグレクトで不幸に見えた横川家が実は親子の絆が強く、幸福そうに見えた白姫家が実は虐待を隠していたのだ。 「アナモルフォーズよね」服部女史が言った。「ハンス・ホルバインの絵画で『大使たち』があるのよ。床に何気なく歪んだレリーフが描かれているが、これを斜め横から見ると髑髏になるの。 これはアナモルフォーズという歪み絵で、“メメント・モリ 常に死を忘れるな”という意味なのよ」 「虐待は社会のアナモルフォーズ、常に死を忘れるなという警告の歪み絵なんですね」  美蝶子さんが言った。  白姫家で残ったユキナちゃんが、児童養護施設に入ることになると報された。  どうやら夫の実家がユキナちゃんを預かることを拒否したらしい。
/184ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加