第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース4 ─

12/15
前へ
/184ページ
次へ
 妻の今日子さんに親類は少なく、彼女自身が子どもの頃に養護施設に入っていたと聞かされた。  母親から酷い身体的虐待を受けていて、それで親から引き離されて入所していたという。  今日子さんは子どものときに受けた虐待を、幼いマサル君にぶつけていたのだ。  養護施設にユキナちゃんを連れて行ったときのことである。  養護施設の所長に挨拶すると、今まで黙っていたユキナちゃんが振り向いた。 「お母さんを返して!」  ユキナちゃんが涙を流しながら叫んだ。 「もう帰るお家がなくなった。お前が来たからだ! お前が来たから、ユキナのお家がなくなったんだ!!」  ユキナちゃんが絶叫した。 「死ねっ! お前なんかいなくなれ!」  ユキナちゃんが僕の名刺をビリビリと破ってぶつけてきた。  それが、何よりも痛かった。  所長が悲しそうな表情で謝る。 「イサナ君、大丈夫かい? 母のない子どもになったら、どこにも帰る家がなくなるからね。どうか許しておくれ」  児童相談所に戻ると、黙々と業務をこなして過ごす。  終業時間となり帰ろうとすると、服部女史が呼び止めた。 「ナギサに会ったのは3年前、ある母子無理心中事件に相談所が関わったときよ。 そこであの娘は、ある子どもの虐げられた霊魂を死送ったの。でも母親はその子の亡骸を抱いて、8階から飛び降りて自殺した。 その事件がキッカケで相談所が問題視され、結果的に人事が刷新された経緯があったのよ」
/184ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加