第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース1 ─

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第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース1 ─

 星降市(ほしふりし)──神奈川県の中央に位置する市で、最近になって政令指定都市に移行した。  南北に走る大手私鉄線の周辺は発展しているが、市役所や行政機関がある市の中心は簡素な街並みである。  西に緑豊かな丹沢山系と豊富な水源の河を背にするので、週末には市外からの観光客を乗せた車が多い  だから土日にはいつも車が列をなしてやって来るが、それを眺めるとつくづく田舎だなと自虐的に笑えてしまう。  要するにこの星降市は都市とは名ばかりの、いたって凡庸で退屈な街なのである。  僕は子どもの頃から星降市で育ち、そして大人になってこの街で働いている。  自転車で職場に向かう道すがら、駅前のシャッター商店街を通る。  途中、自転車屋の前で止まった。 「おはよう、おじちゃん。ちょっとタイヤの空気を入れてよ」  シャッターを上げたばかりの店の奥に声をかけると、 「今日も早いねイサナちゃん。ほれ、貸してやるから自分で入れな」  おじちゃんが苦笑しながら空気入れを差しだした。 「え~、入れてくれないの」 「もう学生じゃないんだから甘えない。そうやって社会の厳しさを学ばないとな」 「社会の厳しさは、嫌というほど職場で教えられているよ」 「仕事はキツいかい?」  店の外に売り物の自転車を並べながら、おじちゃんが何気ない口調で訊いた。 「好きで就いた仕事だからね、弱音は吐けないよ」  僕も屈託のない声で答える。 「ん~、イサナちゃんは頑張り屋だからな」
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