第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース1 ─

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 おじちゃんがタバコをくわえながら腰をトントンと叩いた。 「おじちゃん、路上喫煙防止条例があるからタバコはダメだよ」 「ばっかやろう、おいらの店の前だぜ。条例もへったくれもねえよ」 「ははっ、おじちゃんは変わらないね」  僕は苦笑しながら、空気入れをシャッコンシャッコンと押す。  うらぶれて錆色をしたシャッター群を横目で見ると、心ならずも昔のことを思ってしまう。 (子どもの頃は駄菓子屋でスナック菓子を買い、広場で暗くなるまで遊んでいたっけ)  そうやって慣れ親しんだ店々は、大人になる間の気づかぬうちに店終いしていた。 (学生の頃は肉屋でコロッケを買って、友達とだべりながら寄り道していたな)  郷愁をさそう商店街の向こうに、巨大な高層マンションがいくつも並び建つ。  まるで過去の街並みを睥睨するように、真新しく小綺麗な建物が空にむかって伸びている。 「この同じような建物の一軒一軒に、それぞれ違う家庭があるんだな」  ため息のように言葉がもれた。  同じように造られた住居に暮らしているが、ひとつとして同じ家族はないはずだ。  そして、それぞれに違う倖せがあるのだろう。 「イサナちゃん、ボーッとしてないで」  おじちゃんの声でハッとして、束の間の夢想から戻る。 「もう行かないと。おじちゃん、ありがとね」 「いいってことよ。イサナちゃんのお母さんにも世話になってるからな」  おじちゃんがタバコをくわえながらニカッと笑った。
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