第2章 死骸とネコと、半心の悪魔 ─ ケース1 ─

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「そんな病気があるのですか。左側のものを無視するってことですか?」 「たとえば、左半側空間無視の患者に“左手で私の鼻を触ってください”とお願いすると、左手は動いていないのに“私の左手がもう少しで鼻に触れるところです”と答えるんだよ」 「え”っ、何ですかそれ!?」 「その患者の左手を持ち上げて“これは誰の手ですか?”と訊ねると“私の母の手です”と答えて、そこにいない母を探したりするんだよ。まあ、これは顕著な例だけどね」 「へぇ~、脳って不思議ですね」 「赤海さんの場合、それがもっと不思議な症状を見せているのさ」 「もっと不思議って、まだ何かあるのですか?」  美蝶子さんが意味ありげな表情で言うので、俄然それを聞きたくなった。  僕が見えない尻尾を振るから、それを焦らすように美蝶子さんが一呼吸おいて口を開く。 「赤海さんは1年前に脳出血で左半側空間無視を患ったとき、自身の左半側空間無視にくわえて自分の子どもまで認識しなくなったんだよ」 「自分の子どもを……?」 「双子の姉妹の妹さんの方だけ認識しなくなったんだよ」 「妹さんの方……あッ!」  はたと気づく。そういえば理恵花さんは、まるで妹のアケミちゃんを忘れているかのような言動だった。 「同じ双子の姉妹なのに妹のアケミちゃんだけ存在を無視するのさ。食事を与えず衣服も無頓着だから問題だね」 「だからケースファイルに心理的虐待と記載されていたのですね。でも大丈夫なんですか、それって?」
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