第2章 死骸とネコと、半心の悪魔 ─ ケース1 ─

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「麦子さんは性善説か」ちょっと嬉しくなる。  麦子さんは県立公園で移動式パン屋を開く、いつも爽やかお姉さん──おばさんとは口が裂けても言えない──である。  いつも昼休みは、この麦子さんのお店でパンと紅茶を買うのが日課となっていた。 「イサナちゃん、また子どものことを考えていたな~」  夏野菜のタルティーヌと自然栽培野菜のサンドイッチそれにオレンジペコのニルギリ紅茶を注文すると、麦子さんがほくそ笑みながら口ずさんだ。 「それが仕事ですからね。夢に見ていた児童福祉司の仕事ですから」 「夢かあ……おばさんもね、夢があるのよ」 「何ですか麦子さんの夢って?」 「メニューがパンだけのファミレスを開店するのが夢なの。そのためにケータリングして資金を稼いでいるのよ」  麦子さんの笑顔がはじける。それを見ている僕まで倖せな気分になった。 「そういえばイサナちゃん、この前の女の子がお店に来たわよ。それでジャムパンを買って芝生広場に行ったのよ」 「えっ、ナギサがッ!?」  麦子さんの言葉に、慌てふためきながら芝生広場に駆ける。  ジャムパンを買ったということは、またワルキューレの餌にするのかな。  初夏の陽差しがまぶしい広場で、木漏れ日の揺れる木陰にナギサが座っていた。  ワルキューレはいない。  ナギサがその小さな口でジャムパンをつまんでいた。 「あっ、ごめん。食事中だったね」  僕は頭を掻きながら謝る。 「問題ない。私は平気だ」  ナギサが表情も変えずに言った。やはりナギサである。
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