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第2章 死骸とネコと、半心の悪魔 ─ ケース2 ─
「麦子さんのパンは美味しいでしょう?」
隣に腰掛けながら何気なく訊くと、
「私は生きる死骸だ。食べ物の味を感じない」
ナギサがジャムパンを置いて素っ気なく答える。
「じ、じゃ紅茶飲む? 美味しいよ」
「無用だ。それよりも何の用なのだ?」
「何の用って……」
会いたかっただけだ、とは言えないよ。
うつむいていると、ナギサの横にスケッチブックを見つける。
この公園では風景を絵に描くお年寄りが多い。それに隣が女子美術大なので、女子大生も絵を描いたり写真を撮ったりしている。
「へえ~、絵を描いていたの?」
「心がない」
「えっ、心……?」
「私は生きる死骸……心が身体にないから、絵を描いても何も感じないのだ」
「あっ、絵本の続きを描いているんだね」
ようやく納得した。
ユキナちゃんに見せていた絵本があった。その絵本は心を探す物語である。
でも途中で破れているから、物語の結末が不明なのだ。
ナギサがその続きを自分で描くと言っていたが、心の有り様がわからないので苦しんでいるのだろう。
「ちょっと見てもいいかな?」
おずおずと頼むと、ナギサがスケッチブックを差しだした。
それをパラパラとめくると、大きなケヤキの木が何枚も描かれている。
ところが木だけはあるけれど、人を描いたものが1枚もない。
ナギサがそれを察したのか、遠くを見ながらポツリともらす。
「人がどのような表情をするのか、私には想像できないのだ」
「う~ん。難しいよね、そういうの」
僕も遠くを見ながら一緒に悩んだ。
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