40人が本棚に入れています
本棚に追加
気の利いた慰めの言葉を探したが、もとより不器用な自分に浮かぶはずがない。
ナギサの視線の先には、大きなケヤキが陽の光を浴びて緑を揺らしていた。
その下で日陰を求めるように、年老いた夫婦が手を繋いでくつろいでいる。
何だかとっても良い感じで、そこだけ時間の流れがゆるやかに見えた。
「そうだッ、大事な人のことを思い浮かべれば描けると思うよ」
思いついたことを口にすると、ナギサがスクッと立ち上がった。
「大事な人で思い出した」
「えっ、何を?」
「もう行かなくてはいけない」
そう言い捨てると、スタスタと歩き始めた。
「ち、ちょっと待ってよ!」
いきなりの言動にあたふたしながらも、わき目も振らず歩くナギサの後を追う。
やがて、公園近くにある一軒の店の前で止まった。
薄い青磁色をした外観の小さな店舗で、窓から覗く内部は木造りである。
こんなところに店があるとは知らなかった。
まるでアンティークショップに見えるが、家具や骨董の類いは並んでいない。
看板に『香処 卦限儀』とある。
何て書いてあるんだろうと看板を見上げていると、ふいにナギサが振り向いた。
「ここまで付いてきて何の用だ?」
「えっ、何の用って……」
また訊かれた。興味本位で来たとは言えない。答えに窮していると、
「ナギサ、お客さんかい?」
店の扉が開いて、男の人が顔を覗かせた。
亜麻色の髪を後ろで結び、眼鏡がよく似合う優しく甘い笑顔だ。
それをたとえるなら、ナギサが苦いファーストフラッシュのダージリン紅茶なら、男の人は甘いホットチョコラテであろうか。
最初のコメントを投稿しよう!