第2章 死骸とネコと、半心の悪魔 ─ ケース2 ─

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 白衣を着ているということは、この店は漢方の薬局かもしれない。 「客ではない」  ナギサが断言すると、男の人が「ああ」と得心したようにうなずく。 「お客さんじゃなければ、もしかしたらナギサの友達かな?」 「友達とは何だ?」 「ナギサが良く会う知り合いだよ」 「たしかにイサナとは数回会っているな。それならばカオルも友達なのか?」 「僕は友達じゃなくて店長だよ」  微妙なバランスで会話が噛み合っている。ナギサの扱いに慣れている様子だ。 (待てよ……ナギサが“大事な人”で思い出したと言ってたな。もしかするとナギサの恋人なのかッ!?)  僕は口をアングリと開けていると、 「イサナ君だよね? ちょっとお茶していかない?」  カオルと呼ばれた男の人が甘く微笑んだ。 「は、はい。お邪魔しますッ」  遠慮しながら店のなかに入ると、フルオーケストラのような香りが鼻をついた。  甘い香り、爽やかな香り、芳醇な香り、仄かな香り、さまざまな香りが空間を酔わせている。  心を溶かすような香りに包まれながら、軽い眩暈のように頭をクラクラさせた。 「このお店、アロマショップですか?」  僕は香りに酔いながら訊くと、カオルさんが安楽椅子に座りながら答える。 「香りに関するものなら何でも扱っているよ。香木からお香、それにアロマからハーブエッセンスまでね。 ナギサはうちでアルバイトをしているのさ」 「香りの専門店ですか。お店の名前、何て読むのですか?」 「卦限儀(けげんぎ)と書いてオクタントと読むのさ」 「オクタント……?」 「航海で使う天文測量機器で、八分儀(はちぶんぎ)をオクタントと呼ぶんだよ。 それは僕の名前であるんだ。僕の名は八分儀カオル、香りをつくる調香師(ちょうこうし)だよ」  八分儀さんが香るように微笑みながら自己紹介した。
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