第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース1 ─

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 慌ててペダルを漕いで自転車で駆ける。  やがて自転車は、高層ビルが建ち並ぶ一角にひっそりとある施設に着いた。  ここが僕の働く場所──星降市児童相談所である。  児童相談所、子ども家庭支援センター、児童相談センター等は、18歳未満の子どもに関する相談に応じ、児童福祉法第12条「都道府県は、児童相談所を設置しなければならない。」に基づき設けられた児童福祉の専門機関である。  子どもの養護、障害、非行、育成などのさまざまな相談に応じるために、施設には児童福祉司(じどうふくしし)や児童心理司それに保健師、医師として精神科医や小児科医が勤務している。  そして僕──猫屋田(ねこやだ)イサナは、この児童相談所で働く新米の児童福祉司だ。  駐輪場にはすでに自転車が何台か置いてある──職員は自転車通勤が多いのだ──ので、その横に自分の愛機を置くと、急ぎ足で事務所に向かう。 「おはようございます!」  事務所の入口で挨拶して席につくと、 「猫~屋~田~、相変わらずお辞儀が直角だな」  対面の机からゆらりと、猪鹿 美蝶子(いのしか みちこ)さんが顔を上げた。  美蝶子さんはショートヘアで眼の醒めるようなクールビューティーだが、行住坐臥で徹頭徹尾して言葉にトゲがある残念な美人さんだ。  今朝も大人の色気が満ちあふれた瞳を尖らせて、眉間に皺を寄せ柳眉を逆立てている。 「何だかご機嫌斜めですね。月曜日なのに、またまた二日酔いですか?」 「るっさい、またが多いんだよ! 今は勉強中だから静かにしな」  艶やかな唇を歪ませて、「フンッ」と鼻息荒く命令した。
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