第2章 死骸とネコと、半心の悪魔 ─ ケース2 ─

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「それは救われぬ魂に共鳴する音。イサナが死の匂いを纏っているからだ」  ナギサが近づいてきてワルキューレを抱いた。  彼女の言うとおりワルキューレの首にさげた鐘から、凜~凜~と空気の粒子を震わせる音が鳴り響いている。 「冥府の花アスポデロスを嗅いだ者は霊に遭いやすくなる。イサナ君、この数日の間に幽霊を見たかい?」  八分儀さんが興味深そうに訊ねた。 「ゆ、幽霊って……」  そんなのあるワケないよと思ったが、はたと気がついた。 「そういえば養護施設で女の子が、“オバケが来る”と騒いでいるのを見ましたよッ」 「どうやらそれが原因のようだね」  八分儀さんが繁々とうなずいた。 「それでナギサに訊きたかったことを思い出した。君は3年前に大宮という家で子どもの霊を死送ったね?」 「3年前……大宮……?」  僕はゆっくりとした声で問い質すと、ナギサが記憶の糸を手繰るように言葉を紡いでいる。 「その大宮家の母親が、すでに亡くなっている子どもを抱えて8階から飛び降りたんだ。 その家で唯一の生き残りである妹のミヤビちゃんが、養護施設で“オバケが来る”と泣いていたんだよ」 「馬鹿な……たしかに3年前に大宮という家で、マサオキという男の子の霊を死送った。 それなのになぜ母親が飛び降りしたのだ!?」  ナギサが声を荒げると茫然自失となった。その表情は珍しく困惑に揺れている。  それを慮った八分儀さんが落ち着き払って語る。 「もしミヤビという子の言葉が正しければ、死送ったはずのマサオキという子の霊がまだ残っている可能性があるね。 その霊が暴走して母親を死に追いやり、今また妹を襲っているのかもしれない」 「そ、そんなことがあるのですかッ!?」 「一旦でも死の楔から逃れた霊は、生きる者を苛み暴れる。生者を呪う忌まわしき存在として、文字どおり暴霊と化すんだよ」
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