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「嘘っ、お母さんより?」
「お母さんの次だ」
「お姉ちゃんよりも?」
「ああ、私よりもだ。イサナほど人のために泣く男を見たことがない」
ナギサにそう言われて、ユキナちゃんがそっと横目で窺う。
その眼には怒りの色がやわらいでいた。
僕は膝をついてユキナちゃんを真正面に見る。
「ユキナちゃん、許しておくれ。僕がもっと早く気づいていれば、マサル君やお母さんを救えたかもしれなかったんだ」
「……お兄ちゃん」
「ユキナちゃんは僕が守るから……きっと守るから」
強い言葉とは裏腹に、眼の奥がジンとなり熱いものが零れる。
不甲斐ない自分を叱咤するように堪えるが、それでも感情が溢れて止まなかった。
「なぜそこまでユキナの心配をするの?」
ユキナちゃんが子どもらしい純粋な問いを発した。
「それはね、僕もこの養護施設にいたことがあるからだよ。だから誰よりも親のいない寂しさがわかるんだ」
「お兄ちゃんも……」
ユキナちゃんがつぶやきうつむいて、
「猫屋田、お前……」
美蝶子さんが眼を細めて言葉を呑んだ。
「お兄ちゃん、お願いがあるの」
うつむいていたユキナちゃんが言った。
「あの猫の名刺、もう1つちょうだい」
「うん。喜んで」
ポケットから名刺を取りだし、そっと小さな掌に置いた。
「お兄ちゃん、ミヤビちゃんがね……」
ユキナちゃんがナギサを窺うように口を開いた。
「ミヤビちゃんがどうしたの?」
「ミヤビちゃんがね、オバケが“白い顔をした黒い悪魔が来る”と言ってたって」
僕はナギサの白い顔を見た。
ミヤビちゃんに憑いている霊が語る悪魔とは、果たしてナギサのことだろうか。
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